記憶の不思議
ある程度大人になって、自分の幼少期のことを思い出そうとしても、覚えていることは少ない。
また、年を重ねると、物忘れが多くなり瞬時に何かを思い出すことが難しくなる。
これらの原因は記憶のメカニズムにある。
5種類の記憶
記憶は大きく短期記憶と長期記憶に分けることができる。
さらに長期記憶はエピソード記憶、意味記憶、手続き記憶、プライミングの4つに分けることができる(池谷,2003)。
これらの記憶の特徴を知ることで、我々人間がどのようにして物事を脳に保存し、また忘れていくのかを理解することができる。
短期記憶
短期記憶とはその名の通り短期間だけ覚えている記憶のことをさす。
その期間は30秒から長くても数分とされている。
さらに、記憶できる容量は限られており、その数はおおよそ7個である(いわゆるマジカルナンバー7±2)。
このことから、ドラマや漫画の主要な登場人物は大体この数で収るよう構成されているそうだ。
長期記憶
長期記憶もその名の通り長期間覚えている記憶のことをさし、上記にあげた4つそれぞれに特徴がある。
エピソード記憶
学生の時の思い出を振り返るとテストで100点をとったことや好きな子に告白したこと、友達とイタズラしたことなどを思い出すかもしれない。
このように、エピソード記憶には自分の経験が付随しており、なんの手がかりも必要とせず、自然と思い出すことができる。
意味記憶
意味記憶は自然と思い出されるエピソード記憶に対して、手がかりを必要とする記憶である。
例えば、「鎌倉幕府を開いたのは誰?」と聞かれて、「源頼朝」を思い出すことがこれにあたる。
意味記憶を引き出すためには、「きっかけ」が必要となる。
ところで、この意味記憶にはエピソード記憶が混ざることがある。
例えば先の「鎌倉幕府を開いたのは誰?」という問いに対して、ドラマで見た…教科書のあのページに書いてあった…のようにエピソード記憶を働かせて思い出すことがある。
いずれにせよ、意味記憶を思い出すためには、「きっかけ」が重要な働きをするのである。
手続き記憶
この記憶はいわゆる「体で覚える」と言うことをさす。
自転車の乗り方、お箸の使い方、靴ヒモの結び万など初めは苦戦したものも、練習を重ねることでできるようになる。
これは、体の動かし方が手続き記憶として脳内に保存された結果である。
プライミング記憶
この記憶は無意識に働く記憶のことをさす。
先ほどの手続き記憶の解説の中で出てきた「靴ヒモの結び万」と言う言葉を「靴ヒモの結び方」と読んでいた場合、このプライミング記憶が働いたといえる。
これは、「乗り方」「使い方」ときたら次は「結び方」であると無意識下の記憶、プライミング記憶が働いた結果である。
記憶の階層性
ここまで5つの記憶について見てきたが、これらの記憶は以下のような階層構造になっている。
- 手続き記憶
- プライミング記憶
- 意味記憶
- 短期記憶
- エピソード記憶 (池谷,2003,P72)
この階層は数字の数が大きくなるほど、高度な記憶になる。
犬や猫が体の動きを覚えるように動物には手続き記憶がある。
また、チンパンジーは短期記憶を備えており、人間はエピソード記憶を使うことができる。
脳が進化するほどに記憶の階層数も増えていく。
幼児期健忘・物忘れ
人の脳は生まれた時に完成しているわけではなく、成長の過程で発達していく。
人の脳の発達において、最も早く獲得されるのが手続き記憶であり、続いてプライミング記憶、意味記憶と続き、エピソード記憶は最後に獲得される。
その結果、幼児期のエピソード記憶は少ないという幼児期健忘が生じる。
歳を重ねるほどに、幼少期の発達とは逆の現象が起こる。
つまり、階層の深いところの記憶から消失していく。
認知症の症状として、昨日の夕食が何であったかや、物をどこに置いたかを忘れてしまうということがあげられる。
これは、エピソード記憶が保持されにくくなった結果である。
一方で、服の着方や、歯の磨き方などの手続き記憶は保持されることが多い。
以上のことから、幼少期においてはたくさん体を動かす中で、手指の巧緻性やバランス感覚など手続き記憶と関連した力を高める。
成長とともに様々な体験をする中でエピソード記憶を増やすことで、意味記憶を思い出すための手がかりを増やすと言うことが重要であると考える。
参考・引用文献:池谷裕二(2003)記憶力を強くする 最新脳科学が語る記憶の仕組みと鍛え方,講談社.
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